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2006年1月15日 (日)

消えたふるさと

 私の故郷園部町は隣接3町と合併し、今年1月1日に南丹市になった。
 園部は江戸時代、園部藩3万石の城下町として栄え、明治22年の市町村制施行当初より園部町として、116年の歴史を持っていた。
 口丹波の政治、経済、文化の中心地であったが、昭和の大合併では、口丹波のライバル亀岡が人口3万を越え市に昇格したのを横目に見ながら、園部は町制を続けることになった。
 しかし、亀岡にはない法務局、税務署、労働基準監督署等、多くの公の機関を有し、口丹波の中心地との自負を園部人は持っていた。
 平成の大合併の嵐の中、我が園部町も隣接町との合併となった。合併後の人口の5割弱を有し、町役場が市役所に変わり、新市の中心でありながらも、新市名は馴染みのない南丹市、由緒ある園部の名は消えてしまった。
 園部市誕生を待ち続けていた、園部幼稚園、園部小学校、園部中学校、園部高校出身の生粋の園部っ子だった私としては、なんとも寂しい限りである。
 山陰線の電化一部複線化、京都縦貫道の完成以後、除々に人口が増えていた園部町、園部市誕生を目指して欲しかった。
 船井郡園部町から南丹市園部町へ、4府県と隣接する全国でも珍しい市、市制要件を無視する平成の大合併、郡がなくなり、田舎も市になる、なんかおかしい。
 今度は道州制か・・・。長い歴史を持つ地方自治を打ち砕く大合併、そして道州制、本当に国、住民にとって必要なものなのだろうか。

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