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2005年8月28日 (日)

ピーくん

 義父は、家族に自分独自の呼び名を付ける人だった。

 妻は名前から子を外し、「○○さん」と呼ばれていた。京都弁の発音も加わり、かなり年寄り臭い。
 義妹は、子供の頃、ごんた(ごんたはごんたでしか表現できないが、あえて標準語を考えれば、わんぱく、わがまま、いたずらっ子あたりかな)だったそうで、「ごんさん」と呼ばれていた。結婚当初、私は「ごんさん」が誰なのか判らなかった。
 私はある日突然、「ぶんさん」になった。私のことを「ぶんさん」と呼んだのは、現在までは、義父のみである。
 孫は私の娘は、「○○たん」。妹の長男が「○○ぼん」長女は「○○たん」次男は「○ーくん」だった。義母と一致していたのは「○ーくん」のみだった。

 娘が幼かった頃、義父と私が将棋を指しているところに、娘が駒を触りにきた時などに「○○たん、ひかえなさい、ひかえなさい」とよく言っていた。
 チャッピーを初めて義父宅へ連れて行き、泊まった朝、2階から居間へ向かう時、懐かしい「ひかえなさい、ひかえなさい」が聞こえてきた。
 「ピーくん、ひかえなさい、ひかえなさい」、チャッピーは「ピーくん」になっていた。

 余談だが、どこの家にも、独自の呼び名は存在するものだと思う。
 妻は妹が生れた時、赤ちゃんを見て、「アーちゃん」と言ったそうだ。その後、現在まで、「アーちゃん」と呼んでいる。
 私は幼い頃、下の兄の事を上の兄と区別するため、「ちっちゃいにいちゃん」と呼んだ、その後、肝心な「にいちゃん」が消えてしまい「ちっちゃい」だけが残った。兄弟の中でも一番背の高い180センチを越える兄を「ちっちゃい」と呼び続けている。

 チャッピーの事を「ピーくん」と呼ぶ人はもういない・・・・・。

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2005年8月15日 (月)

特攻隊員の死

 8月11日に義父は82歳の生涯を閉じた。

 容態が急変し、病院に居た義妹が、妻や私に連絡をした約15分後に息を引き取った。臨終の場に立ち会えたのは、義母と義妹だった。
 昨日、葬儀を終えた。
 妻にとって本当によき父で、娘にとってよき祖父だった。そして私にとっても実によき義父だった。

 父は海軍中尉として終戦を迎え、特攻隊員の生き残りとして、複雑な思いを心の奥に秘めながらも、戦後を立派に生き抜いた。
 今頃、天国で、60年ぶりに再会した特攻隊仲間と酒を酌み交わし、戦友に「俺達の分まで60年間よく頑張ってくれた」と声をかけられ、父の心は晴れ晴れしているのではないかと思う・・・。

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2005年8月 6日 (土)

サクサク作成君

 我が家の愛犬チャッピーの可愛さを公開したいと思いホームページを始めた。
 パソコン知識のない私にはniftyの簡単作成ツール「サクサク作成君」は便利である。「サクサク作成君」の限界を感じ、安さに惹かれ「HomePageCreator」なる作成ソフトを購入したことがあるが、手も足も出ず断念した。そして、「サクサク作成君」でのホームページを続けている。
 最近、ホームページ開設当初より親しく交流させてもらっているサイトが「作成君」から「ホームページビルダー」へ変更され、「やはりビルダーはいいなぁ」と思っていたところ、「作成君」終了の通知がniftyより届いた。
 来年の5月までは使えるとのことであるが、終了期間がわかってしまえば、「作成君」でのホームページ作成の意欲はまったく消えてしまった。
 そして、ビルダーへの変更を決意。今日、「ホームページビルダーV9」を購入した。「HomePageCreator」に比べ説明書も解りやすそうだし、さらに解説本が一冊付いている。なんとか成りそうな気はするが。老眼で文書を繰り返し読む根気がなくなっている。昔は説明書を精読するのが好きだったが、今は辛い。しかし今回は頑張ろうと思っている。

 それにしても、「サクサク作成君」の終了、niftyさん、少しひどいんじゃない・・・。


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